湯 間 庭 新 報
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昔の自分ともう一度ゲームを作る

はままぁ 2026年10月9日

以前作成した自作ゲーム、
『ORBIT』をWeb版として作り直した。

最初に始めたのは、
当時のコードをAIと一緒に解読することだった。

当時のコードはとんでもなく長くなっていて、
途中で仕組みを足したり、似た処理がいくつも残っていたりした。

そこで、
「このゲームは何だったのか」
「何を残して、何を捨てるべきなのか」を
一度整理してから、Webへ移すことにした。

ちゃんと動く。でも何か違う

ちょうどその頃開催されたゲームジャムのテーマが、
「ヒューマノイド」と「共生」だった。

『ORBIT』は、人間とAIが一緒に宇宙を漂うゲーム。
今なら外に出せるかもしれない。
そう思って移植を始めた。

古いコードにあったクエストやショップ、
細かなアクションなどを削ぎ落としていく。

Web版はちゃんと動いた。
見た目も以前より整理されている。

それなのに、なぜか『ORBIT』らしくなかった。

原作をもう一度遊ぶ

特に引っかかっていたのが、マップや基地だった。

AIの分析では、
「不要」と判断されていた。
確かに、機能だけで言えば省くこともできる。

でも、自分の中でどうしても腑に落ちない。
何度調整しても、しっくり来なかった。

そこで、昔の『ORBIT』そのものを起動して遊んでみた。

「ああ、こっちの方がしっくりくる」
ということが何度もあった。

マップはただの便利機能ではなく、
宇宙船を表現するために必要だった。

基地も、メニューを開くだけの場所ではない。

無事に帰ってきて、ターミナルにつなぐ。
基地を修理して、また宇宙へ出る。

その一連の動作まで含めて、
「帰る場所」になっていた。

冗長だからいらないわけではない

今回、一番大きな発見だったのは、

コードとして冗長なものと、
作品として余分なものは全く違う

ということだった。

古いコードだけを見ると、
似た仕組みが重なっていたり、処理が長くなっている。
そんなものは、つい綺麗に一本化したくなる。

でも完成したゲームを触ると、そこには理由があった。

何度も遊んで、位置を少し動かして、
派手すぎたものを小さくして、
削って削って、残ったものだった。

コードには、試行錯誤の跡が残っている。
画面には、試行錯誤の結果が残っている。

コードばかり見ていると、その違いを見落としてしまった。


昔の自分と一緒に作る

考えてみれば、昔の自分も今と変わっていなかった。

一度作って触ってみる。
少し足してみる。また削る。
ちょっと位置を変える。

最近の制作でもずっと同じことをしている。

『ORBIT』を移植していたはずなのに、
「自分は昔から同じように作っていたんだな」
ということまで分かってきた。

最初は、昔の作品を今の技術で綺麗に清書するつもりだった。
でも実際にやっていたのは、

なぜここにあったのか。
なぜこの大きさだったのか。

原作は、昔の自分がなぜそうしたのかを考えるための証拠だった。

Web版をゲームジャムに出したあと、
遊んでくれた人から、

「静かで孤独な雰囲気こそが、ORBITの中心だ」

というコメントをもらった。

自分が原作を触り直しながら
「これは残したい」と思っていたものを、
初めて遊んだ人も感じてくれたらしい。

そう考えると今回の移植は、
昔の作品を作り直したというより、

昔の自分と、
もう一度一緒に『ORBIT』を作っていた時間だったのかもしれない。

宇宙を漂う小型宇宙船を描いたORBIT — Silent Rebootの画面ORBIT — Silent Reboot